前澤友作解体新書|ZOZO創業者の生い立ち・経歴とこれから

リオネル・メッシよりも稼ぐ千葉県人
稀代のインサイトマーケター
バイタリティーモンスター
経済界のロックスター

 

そのような異名?がピッタリの天才実業家、株式会社ZOZO「前」代表取締役社長 前澤友作氏。

 

2019年9月12日。

ZOZO社はSoftBankグループ連結子会社「ヤフー株式会社」との業務資本提携及び50.1%上限のTOB(株式公開買付け)への賛同。また、前澤氏が保有する株式36.76%の譲渡。そして自身が全ての役職から退くことが発表されました。

 

 

今回のヤフー傘下入りについて、「結婚のようなもの」と手放しで歓迎し、時折涙を浮かべながら会見に応じた前澤氏。

彼はどのような経緯で現在に至り、今後どんな生き方を示していくのでしょうか。

本記事では同氏の生い立ちから起業・経営、私生活、そして月への野望に触れつつ、その人間性に迫って行きたいと思います。

 

出身

千葉県鎌ケ谷市。北に柏市、南は船橋市に挟まれた近年のベッドタウン。

佐藤寛之(歌手、俳優、元光GENJI)や幼少期から高校卒業まで暮らしていたディーン・フジオカ(俳優)氏が同郷の著名人として知られています。

地元で開催される「鎌ヶ谷市民まつり」は、前澤氏がこの地に生を受けた年に初めて開催されており、今年で45回目の開催を迎えます。

 


鎌ヶ谷市民まつり2018_相馬野馬追騎馬武者行列_Soma Nomaoi Parade in Kamagaya Citizen Festival

 

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少年時代

「勉強も運動もそれなりにできるけど、ちょっとワルい子どもでした(笑)。先生に反発するタイプだったので、保守的な先生には嫌われていましたね。また、当時はファッションを通して、自分自身の個性を表現していました。たとえば、小学4年生の頃からリーバイスの古着のジーパンを履いていた。当時はみんな半ズボンを履いていたので、人と違うことをしたかったんです。」

ニッポンの社長インタビュー、本人コメント引用

 

一言でいうと ”やんちゃ坊主” だったようです。ですが、当時から他人とは違くありたいと、個性も際立っていたのが伺えます。

 

学生時代~商売との出会い

中学2年生の時にバンドを結成して、音楽の道を目指す前澤青年。高校卒業後はインディーズバンドとして活動しており、一見起業家からは程遠い環境に属していたように見受けられます。

ですが、このころに趣味で集めていた輸入レコード・CDをライブ会場で販売したことが、商売を始めるきっかけとなります。

 

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音楽活動と起業

洋楽レコードのコレクターであり、「自分が好きな音楽を他の人にも聞いてほしい」といった思いから始めた物販は飛ぶように売れました。バンド仲間や友人に助けてもらいながら六畳一間の部屋を拠点に起業。

1995年、歳は20歳。光GENJIが解散して、trfやDREAMS COME TRUEがミリオンヒットを連発していたJ-POP全盛期の頃です。

2000年にはカタログから通販業態に移行して、洋服も好きだった前澤氏は「ZOZOTOWN」の原型となるアパレル事業を立ち上げます。そして翌年の2001年にはバンド活動を休止してビジネスに専念していくようになります。

 

バンドについて


SWITCH STYLE

 

掲載した映像は当時「SWITCH STYLE」という名前のバンドで活動していた様子。

実は2000年にメジャーデビューを果たしており、のちに椎名林檎・平井堅・いきものがかり・ポルノグラフィティといった錚々たる面子を手掛けた亀田誠治氏がプロデューサーを担当していました。

画質が悪くてわかりづらいですが、ドラムを担当しているのが前澤氏。因みに楽曲はいずれも廃盤となっています。

※Amazon等の一部通販では在庫を発見できることもあります

 

リリースCD

シングル
SWITCH STYLE (1995年 HG FACT)

アルバム
・・・TO INFINITY (1997年6月21日 IndiVisualRecords SDZC-3001)

METRONOME(1998年7月23日 BMGジャパン BVCS-24001)
(プロデューサー:ドン・フューリー Don Fury / マスタリング:ハウィー・ウェインバーグ Howie Weinberg)

真空の森(2000年10月25日 BMGファンハウス BVCS-28004)
(プロデューサー:亀田誠治)

A FILM (2001年4月4日 BMGファンハウス BVCS-21021)
(プロデューサー:亀田誠治)

 

好きな音楽で食べられる可能性が大きくなったのにもかかわらず、なぜ経営の道を選んだのでしょうか...

 

本人が当時を振り返ります。

 

「経営の方が音楽よりも楽しくなったからです。バンドがメジャーデビューした後、音楽活動は次第にルーティンワークになっていきました。たとえば、まず3分~5分の曲をつくります。そして15曲入りのアルバムを1年に1枚リリース。価格は3,000円。その後、そのアルバムをひっさげて全国でライブツアーを行う。ライブ会場では自分たちのCDやTシャツを販売。そして、また曲をつくり、翌年に3,000円のニューアルバムをリリース。ライブツアー、物販…。やるべきことが決められていて、僕たちはそれをこなすだけ。まるでサラリーマンのようなミュージシャンになりかけていたんです。僕はこんな活動がクリエイティブだとは思えませんでした。」

ニッポンの社長インタビュー、本人コメント引用

 

メジャーのミュージシャンを”サラリーマン”と比喩。商売との二刀流だったからこその感覚なのでしょうか。

コメントからは、契約による制限や人間関係といったしがらみにとらわれて音楽活動をすることよりも、経営に無限の可能性を見出して、人生の舵をきったように感じます。

 

経営哲学

前述の反面、音楽とビジネスには共通点もあり「リズム」が重要と語っています。それは資料作り、営業トークやオフィスデザインに至るまで。そして、前澤氏曰く起業家に必要な素質は「センスと反骨精神」。

 

”あらゆる事に立ち向かい、リズム感と多岐にわたる視点を同時に奏でる”

 

活動するステージが変わっただけで、彼の哲学は一貫しています。

 

 

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年収140億・資産2,400億

類まれな行動力とセンスで築き上げた収入はいったいいくらなのでしょうか?

東洋経済が9月2日に発売した「役員四季報2020年版」によると、前澤氏の役員報酬は1億8,400万円と明記されています。

ですが、これはほんの序の口でして、株主配当(年間配当24円×1億972万株)と昨年の持ち株売却額(株価3,500円×850万株想定)を合わせて、税金を半分持っていかれたとしても約140億円。その他どのような財産を持っているかはわかりませんが、どれだけの資産を有しているのかはネットで調べればすぐにでてきます。

その額22億ドル=2,400億円」

 

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「年収140億円、資産2,400億円」

 

額が大きすぎて最早現実味のない金額ですね。

因みにフォーブス統計によると、2019年スポーツ選手の年収第1位であるサッカー選手、リオネル・メッシの年収は138億円だそうです。時給換算にすると160万円になります。

 

私生活

前澤氏は独身ですが、認知している子供が3人います。また、浮世話になると、過去には女優の紗栄子や剛力彩芽との交際が報じられました。

また、近年はSNSがすっかり浸透した事により、私生活の内容が本人によってリアルタイムに発信されています。

「何事も包み隠さず」が彼のスタンスのようです。

 

 

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宇宙への野望

こちらも以前から公言されており、今回ZOZO社の経営から退く理由の一つとしてあげられています。

はたして実現されるのでしょうか?

 

 

民間宇宙飛行士について

政府などの公的機関の宇宙計画でない手段によって地上100キロメートル(62マイル)、かーマン・ラインより上方に到達し、宇宙飛行士の資格を得る宇宙飛行を指す。

Wikipediaより一部抜粋

 

渡航費用はいくらなのか

米ロケット企業SpaceX(スペースX)による2023年以降に初飛行を開始する目標の民間月旅行の計画において、最初の搭乗客として前澤氏が予定されており、さらには複数名のアーティストも招いた旅行になるそうです。

2023年までの準備・訓練とMAX9名搭乗での渡航費用は、1,000億円程かかるのではと推測されています。

ですが、前澤氏の2,400億円の資産とZOZO社の全持ち株売却分を合算すれば、4,000億円程の額を確保できると想定できます。

 

月旅行は実現可能

前述のことから資金的には問題なさそうですので、心身の準備をしっかりと行うことができれば、実現の可能性は極めて高いと言えます。

個人的な見解になりますが、月への準備を粛々と進めつつ新たな事業をたちあげたのちに、宇宙という壮大な媒体を利用したプロモーションを見据えているのではないでしょうか。

 

2023年。成長したZOZOと前澤氏の ”スペースコラボ” といった胸熱な展開があるかもしれませんね。